光明禅寺・観世音寺・武蔵寺−2  front page    next page

裏庭
裏庭:
光明禅寺は紅葉の名所。秋になると見事に色づきます。又、苔が風流な雰囲気を作ります。ぜひ紅葉シーズンに訪れたいもの。
ししおどしとつくばい
ししおどしとつくばい:
ししおどしは僧都(そうず)とも言います。本来は田畑を荒らす動物をおどすものでしたが今は日本庭園で風流として使われています。下の手水鉢をつくばいと言い茶室に設けられています。
本堂の展示物
本堂の展示物:
焼き物とか掛け軸とか色々展示してあります。お客さんもそう多くはなく、普通に床の間感覚で、寝そべって、雑談でもしながらのんびり庭を眺め時間を過ごすお客さんがほとんどです。
観世音寺
661年斉明天皇が朝倉橘広庭宮(あさくらたちばなのひろのみや)で亡くなり、その子天智天皇が母の菩提を弔うために観世音寺建立を発願した。80数年かけて天平18年(746)には僧尼に戒を授ける戒壇を設置、奈良の東大寺、下野(しもつけ)の薬師寺と並んで日本三戒壇のひとつ。かつては方3町(約330m四方)の寺域を治め、講堂、金堂、五重塔などの建物が整った大寺院であったがその後火災や大風で失われた。現在の金堂と講堂は江戸時代に黒田藩主が再建しました。
本堂の展示物 石碑
石碑:
観世音寺は太宰府政庁の東に接して建てられ、九州中の寺院の中心で「附の大寺」(ふのたいじ)と呼ばれました。しかし、豊臣秀吉が島津を平定した際、この寺に立ち寄り、その時の寺の別当の態度が秀吉を怒らせ、寺領を没収したといわれています。そのせいか、名高い寺の割には十分な保護を受けてない印象を受けます。